ウィニペグを移住先に決めたワケ

By | 2011年11月15日
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なぜ避難先にカナダを、しかもウィニペグという小さい都市を選んだのか。そもそもどうしてカナダに短期避難なんてできたのか

全て、ここに住んでいる私の友人とその家族たちのおかげです。彼らのお陰で避難したいと思い立って直ぐに避難ができたし、もし彼らの手助けがなかったらもっと避難生活は大変なものになっていたと思う。そもそも、避難という行動を考え始めたのも彼のおかげ。こっちがまだ慌てる必要はないと考えているときにいち早く「今すぐに逃げてこい」と行ってくれたのも彼だし。いますぐ逃げてこいって言われた時はまだまだ避難なんて考えてもいなかったし、彼の言葉を大げさだとも感じていたのが正直なところ。あの言葉がなかったらもっと行動は遅かっただろうし、そもそも避難を考えていただろうか。。

まだ大丈夫だよ、という僕らにデリック(実名勝手つかっちゃう)に、彼は「じゃぁもし次に原発に関して悪いニュースが出てきたらすぐにこっちに来い」とそれは強い口調で言ってくれた。結局そういう彼の後押しもあって、やはりここは安全じゃない、とにかく今は逃げたほうがいいと思うようになって、とりあえずパスポート取得、とりあえず飛行機のチケットの値段のチェック。。をして、3月末に「ほんとにほんとに行ってもいいの?」と聞くと、「もちろん」と。

そもそもデリックと初めてあったのは7年くらい前。同じ系列の会社の日本とカナダ支店(?)みたいな間柄で、こっちに出張に来たときに知り合った。なぜか一目あった時から知り合いみたいな気がして、すぐに友達になった。その後、何度かウィニペグに出張に来るたびに家に招待してもらったりいろいろと家族ぐるみで付きあわせてもらってた。デリックの家族は、彼を含めて3人。パパと弟とデリック。お母さんは残念なことに去年ガンで亡くなっちゃった。3年前長女を連れてきたときは本当に可愛がってくれたので、また長女と会って欲しかった。残念で仕方ない。

とにかく、大きな家(といってもカナダでは普通の)に、3人で住んでる。ウィニペグの家は地下があるのが普通でデリックの家も例外なく大きな大きな地下があって、そこは僕ら家族5人は数ヶ月いさせてもらっていたというわけです。地下と言っても、小さいなりに窓もあるリビングもベッドルームもある、まったく不自由することない避難生活には申し分ない場所。

パパは僕らの子供たちを本当に孫のように可愛がってくれたし、僕らのことも本当に家族のようにそれでいてちゃんと客人としてもてなしてくれた。なんていい人達なんだろうと感謝しても感謝しきれないほどです。しばらくしたらアパートに移ろうと思ってると伝えると、「そんなこと気にせずにいつまででもいていい」とまでいってくれて、お金にそんなに余裕のない僕らには本当に神様みたいでしたよ。

あまりまとまってないですが、これがカナダという国とウィニペグという都市に避難した理由です。






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